My Favorite 東野圭吾「天空の蜂」

2012年07月31日

東野圭吾「天空の蜂」

 テロリストに奪取され、爆弾を積んだ自動操縦状態の超大型ヘリコプターが、稼動中の日本の某県にある高速増殖炉の真上でホバリング。そして「現在稼動、建設中の原発を全て使用不能にしろ。さもなければヘリコプターを落とす」の脅迫から始まります。その理由や結末は…内緒です。 

 昨年の東日本大震災が起こらなければ、ただの空想科学サスペンスだったかもしれませんが、大地震と津波によって想定外の福島原発事故が不幸にも起こってしまいました。

 著者が思い入れの強い作品と語っているように、1995年刊行のこの小説は、はからずも今日の国家危機を予測していました。

 本書では原発を推進する立場、反対する立場、無関心な立場、様々な立場の登場人物が原発について語っています。

 原発は単純に危険だ、だけではなく、原発がなければ私達の今の生活が成り立たないこと、危険と隣り合わせにどれだけの恩恵を受けているのか…

 原発によるエネルギー問題は、知らなかったではすまされない、目をそむけてはいけない大切な問題であり、これを知り向き合って行くのは国民の義務だと思い知らされました。

 あくまでも小説ですが、節電を考える今こそお読み頂きたい作品です。(原子力発電は原発と省略致しました。)

                                   46高 吉森(土肥)由美子

コメント

 「天空の蜂」小説の内容は 電気工学の知識に基づいた超専門的な原子力技術と航空学の技術、ITの技術などで書き込まれており それを理解できるだけの工学的知識と興味がない読者には文体からはリアルには状況を把握しにくいという印象でした。原発が破壊されたらどうなるということが主題ではなく、如何に一般人が原発に対して無知であり無関心であり恩恵のみを受けていながら 確かな科学的安全の根拠をえられないまま原発の電力に依存しているか。その現状に警鐘を鳴らし、危機感を喚起し 国民的な議論を起すべしというテーマだといえます。しかし、国民がたやすく理解できるような簡単な問題ではないゆえに その是非を問う前に「沈黙する群集」でしかありえないわけで、その「黙する群集」ゆえに政府も方向性を決めかね、企業や経済界も現状維持を踏襲していくのみ。つまり判断と責任の所在は 不明、曖昧模糊。印象的だったのはどんなに安全を追求しても科学的に100%の安全などは厳密にはありえないわけで、例えば 飛行機や自動車が安全を追求してどんなに改善進化しようと墜落事故や自動車事故が零にはならないのと同じく、原発の安全性を科学的に保障することは不可能な事。かつ どこまで安全ならよいというその基準さえ決められず もしも事故が起こったら、いかなる事態になるかも想定できない。厄介なことには飛行機や自動車事故なら個人の選択で「乗らない」という選択肢があるが原発は事故が起これば逃れるすべは無いという現実があることです。さてこの難しい問題に目をそむけず、取り組む姿勢がどれだけあるのか?「沈黙する群集」の一員でしかありえないのか?知らなかったフリをするのか。「知らないということほど恐いものは無い」という事を思い知らされるのでした。「安全を確認した上で原発を稼動する」というのは果たして論理として成り立つのかどうか?非常に疑問。「どうやって安全を確認できるのかしら?」と素朴に思ってしまったのでした。

  •  「y・k」  
  • 2012.08.07 21:23

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